森鴎外記念館 千駄木 夏目漱石 谷根千 “寄り道” 文学散歩

森鴎外記念館 千駄木 夏目漱石 谷根千 “寄り道” 文学散歩
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カフェの帰りにたまたま通りかかったので入ってみました。
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入館料500円で見応えたっぷりでした。
森鴎外の子供や孫は名前が外国人みたいでした。
今で言う、キラキラネームの先駆者ですね。
茉莉 まり  富 とむ 不律 ふりつ
じゃっく とかもいました。もちろん漢字です。ドイツに留学したので、その影響でしょう。
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近くに夏目漱石の旧居跡が。
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吾輩は猫である。
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漱石と鴎外は交流がありました。
漱石が鴎外の作品を褒めたら、大兄である正岡子規に怒られて謝ったってエピソードが笑えました。
鴎外が開催していた木曜会には、芥川龍之介も参加していました。
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樋口一葉とも交流があり、彼女の作品を評価していましたが、一葉は結核で24歳の若さで亡くなってしまいました。
一葉は14歳の時に父が亡くなり、母と妹との家計を支えていたのだそうです。
樋口一葉といえば、5,000円札ですよね。漱石は旧1,000円札。今は野口英世。
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鴎外は  赤松登志子  との初婚を息子が生まれたばかりなのに、一年足らずで離婚しました。
何故かはWikiを見たら分かりました。結核で亡くなっていたようです。
何故か説明がなかったので、仲違いかと思ってしまいました。
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その後、美術品のようだと語るほど美人な18歳年下の奥さん  荒木志げ  を娶ります。
確かに前妻より美人でした。
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志げとの間に何人か子供をもうけますが、鴎外にとって次男である不律は生後5ヶ月程で亡くなってしまいます。
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長女の森茉莉は後に父の血を引き、小説家になりました。
鴎外は自身の墓に本名である  森林太郎  と刻まれることを願い、それ以外の文字は入れるなという遺言を残しました。
60歳の生涯でした。
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ホッとチョコレートとアフォガート
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全然欲しくもなんともなかったんですが、読みなさい、と母が音速で買いました。
雁(がん)
かり?と母は読み、なんかきよしの歌であったよなぁ。と思い出せないでいたんですが、
歩いていたら  渡る雁~♪  て流れてきて、かりがねだ!と思い出せました。
カモ科の鳥ですね。
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牛乳プリンはたまに食べたくなる。
母に買ってあげました。
一緒にカラオケ行きました。母は十八番である  真赤な太陽  の他、ペギー葉山さんの学生時代 とか、タイガースとか加山雄三さんの何かを歌ってました。すべてPV付きでした。
母は歌が上手いです。
さすらい慕情をワンコーラス一緒に歌いました。突然マイクを持って一緒に歌い始めたんですが、歌えたことに驚きです。


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